真ん中の赤い砲弾は三式弾です。

487

コメント数 3

私の父親が子供の頃に、伯父さんにあたる方が陸軍の将校だったらしいのですが、海軍から記念にと桐の箱に入った、大和の副砲弾を貰ったらしく、父が伯父さんの家へ遊びに行くと、よく見せてくれていたそうです。

私の場合そういう経験は無いのですが、ただ母方の叔父が兵役でラバウルに行っていたことを随分後になって知りました。

当時、ラバウル島の陸軍兵士は士気が高く、ラバウル航空隊はエースパイロットばかりが
集まっていた精鋭部隊揃い、しかも最前線の激戦地区じゃないですか。
操縦席の周辺だけでも鉄板装甲に重点を置いていれば、最終結果が同じだとしでも
戦況は随分変とわって生存者も多くいたのにと残念に思います。
私の父の伯父さんはニューギニアで戦死したそうです。
遺骨が分るのであれば、すぐにでも日本に帰国させてあげたい気持ちです。
もちろん戦友の方たちもです。
戦後70年、未だに帰国できない英霊があまりにも可哀想すぎます。